戌亥番神 おとなさまランチ
今日は番神を連れてショッピングモールにやってきました!番神もだいぶ今の時代に慣れてきたからね。
ひと月一緒に暮らして足りない物とか出てきたし、一度に色々揃うショッピングモールでのんびり買い物するのもいいかなって思った次第で。
いつもの生活圏よりも少し遠いから今日は車で移動したんだけど、幸い番神は車酔いにはならなかったみたい。
「先にお昼食べよっか」
「おう……」
車を降りた番神はきょろきょろしていて落ち着かない。
駐車場で走り出して他の車から撥ねられても困る(保険証がないため十割負担はきつい)から、車のロックをした私は番神の隣へ行って手を差し出した。
「手繋ごうか」
「はァ!?おまっ、人前で男女が手なんか繋ぐもんじゃねぇだろ!!」
「うるさいなー」
「破廉恥だぞ!」
そりゃ明治時代だとそうだったかもしれないけれど、今は令和だもの。
喚く番神を無視して手を繋ぐと顔を真っ赤にして悔しそうな表情を浮かべていた。いやあなた出会った初日にえっちしたでしょ……。あ、人前が駄目なのね。可愛いなぁ。
駐車場をなんとか抜けて店内に入ると休日というだけあって老若男女さまざまな年齢層の人たちで賑わっている。番神がいるから最近はずっと職場と家の往復が多くて、子どもなんて久しぶりに見たかもしれない。
「すげぇ賑やかだな。店もいっぱいあるし市でも開かれてんのか?」
「ここはいつもこんな感じだよ」
普段はコンビニやスーパーにしか行かないし、こうやってお店が集まっている場所は初めてだもんね。
番神は駐車場にいた時以上に落ち着いてなくて、多分色んなお店を覗いてみたい気持ちが強いんだろう。
危険地帯を抜けたし、恥ずかしそうにしてたから手を離してみると、番神はムッとした顔で私を見下ろして今度は自分から私の手を握った。
「嫌じゃないの?」
「お前が繋ぐって言い出したんだろ」
「それはそうだけど……」
「ぐだぐだ言ってねぇでさっさと飯食いに行くぞ」
そう言って番神はぐいぐいと私の手を引いて歩き始める。
大股で私の歩幅とか考えていない番神に文句を言おうと思ったけれど、彼の耳が赤くなっているのを見て口を結んだ。
可愛いなぁ。明治時代の男の人ってみんなこんなに初心なのかな。
手を繋いだまま歩いて、迷うことなくレストラン街に着いた。
昼時とあって人が多く、そこかしこからかすかに美味しそうな匂いがする。もしかして番神はこの匂いを辿って来たの?いやいや犬っぽい彼だけど、さすがにそんなことはない……よね?
「ここ全部食いもんの店か?」
「そうだよ!和食、洋食、イタリアン、中華……ここは個別の店だけど、上の階にはフードコートって言って広い場所にテーブルと椅子が並んでて――」
「あ、頭いてぇ……」
「あぁっ、ごめんね。今日はどこかのお店に入って食べようか」
初めて来た見慣れない場所で色々言われてもわからないよね。
私は番神の手を引いてレストラン街の端から順に見ていくことにした。
番神はウィンドウに並ぶ食品サンプルに見入っては「あれは食べたことがない」「これはこの間食ったやつ!」と逐一反応を示していて可愛かった。もうさっきからずっと可愛いって思っちゃう。でも本当に可愛いから仕方ないよね。
レストラン街の端まで辿り着き、私は振り返って番神を見た。
「なにか食べたいものあった?」
「……肉」
「あのお肉中心のお店?」
私が聞くと番神は小さく頷いた。
あぁ……これは自分がお金もってないから申し訳ないと思ってる時の番神だ。気にしなくていいって言ってるんだけどなぁ。
「私もあのお店で食べたかったんだ!番神も一緒でよかったぁ」
「そっ、そうか!ならよかったぜ!!」
途端にパッと笑顔になる番神に胸がきゅんとなる。
ダメダメ、失踪した彼氏と顔が似ているからだと言い聞かせて、番神の希望するお店へ向かった。
ちょうど人がはけたタイミングで、並ばずにすぐ店内に入り、案内された席についた。
「はい、好きなの選んでね」
テーブルの隅に立てられたメニュー表を番神に差し出すと、真剣な眼差しで目を通し始めた。
私は番神が決める間、運ばれてきたお冷を口にして向かいに座る彼をまじまじと見つめる。
現代でもあまり目にしないドレッドヘア、無地の黒Tシャツに迷彩柄のカーゴパンツ、靴は自前のブーツを履いている番神は正直言うと目立つ。もちろんいい意味で。
身長は180センチ近くあるし、シャツの上からでも均整の取れた体つきだってわかる。シャツから出てる腕だけでも筋肉ついてるってわかるけれど。
顔も精悍な顔つきっていうのかな?ワイルドというか男らしいというか……まぁかっこいいんだよね。彼氏と似てるから私の好みなだけかもしれないって思ったけれど、ショッピングモールに入ってから女の子たちがチラチラ見ていたし、やっぱりかっこいいんだろうな。
そんなかっこいい番神は、食べたい物が決まったみたいで私にメニュー表を差し出してきた。
もうすぐ給料日だし、頑張った自分へのご褒美でがっつり食べよう。
そう思ってパラパラとメニュー表を捲っていたら大人様ランチの文字を見つけて手を止めた。
目玉焼きの乗ったハンバーグにウインナー、タルタルソースのかかったエビフライとオムライス、フライドポテトにナポリタン、サラダとスープとデザートにはプリンがついているらしい。
写真が載っていないからわからないけれど、幼いころを思い出させるラインナップに惹かれてしまう。私はこれにしようかな。
「番神はどれにしたの?」
「俺は……これだ、これ」
「ステーキセット……へぇ~!牛と豚と鶏が食べられるんだね。美味しそう!」
「だろ!」
「ふふ、注文するね」
なぜか得意げな番神に笑いながら、私は呼び出しボタンを押してステーキセットと大人様ランチの注文をした。
二人でご飯のあとはどのお店に行くか十分くらい話していると私と番神の頼んだご飯が運ばれてきた。
番神の注文したステーキセットは写真で見た通りかなりボリューミー。でも番神なら全部ぺろっと食べちゃうだろうし、なんなら足りないかもしれない。
番神はそんなお肉の山を見て無邪気に笑っていた。
そして私の前に置かれた大人様ランチは赤、黄色、茶色、白、緑と色とりどりで私の幼心をくすぐってくる。
どれから食べようかな、カトラリーはまずどれを使おうかな、と選んでいると番神の震えた声が耳に入った。
「お、お前……なんだよそれ……」
「え?……大人様ランチのこと?」
「なんでそんな色んな飯が乗ってんだよ!!」
「ちょっ、声大きいよ!」
番神の馬鹿でかい声が店内に響いてカーッと体が熱くなる。
番神は洋食になじみがないだろうと思っていたから、普段は敢えて和食多めにしていた。文明開化といっても食べられる洋食の種類は今よりもかなり少ないだろうし、番神が目にしている大人様ランチを構成するこまごまとした洋食の数々は初めて見た可能性が高かった。
ナイフとフォークを逆に持ったまま、番神は食い入るように大人様ランチを見ている。
「交換する?番神がこっち食べる?」
「……肉も食いたい」
「もちろんお肉も食べてよ。私一人じゃその量食べられないし、多分番神が多めに食べることになるよ」
ステーキセットにはサラダとスープがついていて、しかもライスは大盛りだ。お肉も三種類、熱々のステーキ皿の上でじゅぅじゅぅと音を立てている。とてもじゃないけれど一人では食べ切れない。
お肉も食べられるとわかった番神は、子どもみたいに瞳を輝かせてステーキ皿を持ち上げる。
空いたスペースに私が大人様ランチを反転させてから置くと、番神は腕を伸ばして私の目の前にステーキ皿を置いた。
「この黄色いやつ、どうやって食うんだ?」
「オムライスはスプーンで食べるといいよ」
「すぷぅん……匙だな。いただきます」
ナイフとフォークをテーブルに置いた番神は、持ち替えたスプーンを恐る恐るオムライスに突き立てた。まさか中にチキンライスが入ってるとは思っていなかったみたいで、裂けた卵の衣からお米が見えた時はかなり驚いていた。
ちょっと行儀が悪いけれど、番神の大人様ランチデビューを写真に収めたくて私はスマホのカメラを起動して彼に向ける。
すでにオムライスを一口咀嚼していた番神は、口の端にケチャップをつけたまま左手でピースサインをした。
ピースサインは私が以前教えてからスマホを向けるたびに欠かさずしている。口の中に物が入っているからいつもみたいに満面の笑みじゃないけれど、それが逆にはにかんでいるように見えて、とにかく可愛かった。
パッと見カースト上位にいそうな、筋肉ごりごりのいかついお兄さんが大人様ランチにご満悦で写真を撮られているところを想像してみて欲しい。これできゅんきゅんしない人はいるのだろうか。
連写で十五枚くらい撮ってスマホを下ろすと、番神はピースサインを辞めて視線を大人様ランチへ戻した。
どれをどのように食べようか迷っている番神にその都度どのカトラリーを使うか教えて、私もステーキを切り分ける作業に入る。番神がすぐに摘めるようにね。
ある程度切り分けてから、私も手を合わせて食事に取り掛かった。
ショッピングモールから帰って、買ってきた食材を冷蔵庫にしまいながら今日の晩ご飯は何にしようかなと考える。
お昼が大盛りだったので夜は軽めにしようと思ったけど番神はどうだろう。今日多めに作って食べ切れなかったら明日のお昼ご飯に回していいかも。
そんなことを考えていたら番神がキッチンにやってきた。
手には折りたたまれた広告を持っていて、それを差し出してきたので受け取って開く。

「番神、これって……」
「お前いつも『晩ご飯何にしよう』って言ってるだろ?だから俺様が決めてやった!」
番神はふふんと胸を張って威張り散らした。
よっぽど今日食べた大人様ランチが気に入ったのか、食べながら私が教えた洋食の名前ばかりが並んでいる(アバウトすぎるお肉とかあるけど)。
微妙に上手な牛と鶏の絵も描かれてるし。そういえばトリ頭さんと戦って負けたと思ったらここに来てたって言ってたっけ。
この“ぷりんがあってもいい”ってプリンをデザートにつけて欲しいってこと?
えー、もうどうしよう。可愛すぎて死にそう。
感極まって番神作の献立表を手に持ったまま目の前の大きな子どもを抱きしめると、びくりと体を揺らしてからおずおずと抱き返してきた。
あぁもう可愛い、私より年上のくせに可愛すぎる。
そうしてしばらく抱きしめていたら番神が下半身をぐりぐりと押し付けてきた。とても硬い。それは可愛くない。
「ダメだよダメダメ!!私はまだ彼氏が一応いるんだからね!」
「……!お前なァ!!それなら思わせぶりなことしてんじゃねぇ!!」
慌てて体を離すと先ほどまでの可愛さから一転し、番神は狼みたいな鋭い眼光で私を睨んだ。
ぷんすかと怒ってリビングへ戻った番神のあとを追うと、床に座って先日コンビニで購入したエロ本を開いていた。多分これからシコるんだろう。
見ちゃいけないものを見ている気がして、キッチンに戻ってため息をつく。
同棲していた彼氏が突然失踪した日、私は番神に出会った。やけ酒をしてて酔っていたから彼氏だと思ってマンションに連れ込んで、まぁ、その――えっちをしたわけだけど。あれからひと月経っても彼氏は帰ってこなくて、行くあてのない番神を保護し続けている。
正直に言うと番神の方が彼氏より素直で優しいし、いざという時には頼りになる。けれど私は彼氏と今も付き合っていると言えるのか、それとも自然消滅系で別れているのかはっきりしていなくて曖昧だから、番神とそういった関係になることに抵抗を感じているのだ。
だから番神に対して気軽に抱きついたり、触れたりすることは控えようと思ってはいるんだけど、なまじ彼氏と似ているからついついやってしまう。
よくないよね、番神のこと傷つけてしまっているし。
さっさと彼氏が帰ってこないかなぁ。じゃないと私……。
私はしゃがみ込むとドキドキと大きく鳴る心臓のせいで高くなった体温を冷ますため、折りたたんだ献立表でぱたぱたと顔を扇いだ。